大判例

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福岡高等裁判所那覇支部 平成9年(う)21号 判決

1 スキューバダイビングは原判示のとおりほんの些細なトラブルから溺死等の重大な事故につながりかねない危険性を内包しているものであり,水深,潮流,地形等に応じた適切なダイビング方法を取ることが必要とされ,場合によっては,特定の場所におけるダイビング自体を行わないという選択をする必要もあるのであるから,ダイビングサービス業者が顧客に提供するダイビングサービスにおいては,現地の海流,地形等を熟知したダイビングサービス業者のガイドにおいて,各ダイバーを引率するのが相当であることは明らかであって,被告人自身もそのような考え方を持っていたことが認められる。

したがって,ダイビングサービス業者が,顧客等に対し,ダイビングサービスの提供を約した場合には,特に反対の意思が表示されていない限り,顧客等が安全にダイビングできるようなやり方でダイビングポイントをガイドすることを約したものと解すべきであり,本件においても,被害者Xが被告人のガイドを断っていない限り,被告人は,ダイビングサービスを提供するに当たり,Xらの安全に配慮すべき業務上の注意義務を負っていたことになる。

さらに,本件洞窟は,原判示のとおり,水深の深いうえに,通り抜けができず,一定の場所より奥は自然光がとどかず,堆積物の巻き上げの可能性や洞窟の構造等から,入出路を見失う危険性もあるものであるところ,右洞窟の危険性等を考慮したうえ,同所でダイビングを行うかどうか,行うとしてどのような安全対策を講じる必要があるかといった判断をなしうるのは,現地のダイビングサービス業者ないし右業者の提供するガイドの者以外には考えられず,したがって,ダイビングサービス業者が,本件洞窟において前述のとおりのダイビングサービスを提供する以上は,当然に右のような判断を行って必要な措置を講じるべき業務上の義務がある。

また,ダイビングの安全という観点からすると,同一機会,同一場所のダイビングの際に,ダイビング目的を異にする複数のダイバーがいた場合には,各自の目的,当該ダイビングポイントの地形,海流等を考慮したうえ,場合によっては別目的を有する者に対してはダイビングサービスの提供を断るといった対応を採ることも必要となる。したがって,ダイビングサービス業者がダイビングサービスを提供するにあたっては,当然に,右のような判断を加えたうえで,必要な措置を講じるべき業務上の義務がある。

2 所論は,原判決は,何らの根拠なく,被害者X,Y及びZの3名の溺死の原因を入出路を見失ったことにあると認定しているが,被害者3名の遺体の客観的状況やYの体調等からすると,Yがリバースブロックを起こしてパニックとなり,これを助けようとしたX及びZがそのパニックに巻き込まれた結果,3名が溺死した可能性が高く,そのような場合,被告人が注意義務を尽くしていたとしても結果を回避できず,したがって,被告人の注意義務違反と被害者らの死亡との間には因果関係がないと主張する。

そこで検討するに,被害者3名の遺体に関し,Zのレギュレーターのエキゾースティ,Yのオクトパスのエキゾースティがそれぞれ外れていたこと,Yのナイフケースからナイフが見つかっていないことは所論指摘のとおりであるが,ダイバーが,ダイビング中に,タンク内の空気をほぼ消費し,生きて海上に浮上できないことを認識すれば,その段階でパニックを起こすのはむしろ当然であるから,被害者らにパニックがあったことを示す兆候があるからといって,Yがリバースブロックを起こしたことを裏付けることにはならないことは明らかである。

また,Yが風邪気味であったということは,健康なダイバーよりもリバースブロックを起こしやすいという抽象論を述べているにすぎないうえ,リバースブロックは,水深の深い場所から浅い場所に浮上する際,水圧の変化に伴って,中耳の気圧を外耳の気圧(水圧)と同じレベルに下げる必要があるにもかかわらず,中耳とつながっている耳管(空気をとおす管)が閉塞した状態となって,中耳の気圧が下がらず,中耳から外耳に圧力が加わることによって,痛み,めまいが発生し,あるいは鼓膜に穿孔が生じるという現象であるところ,Yが本件洞窟の最奥部の広間に入った時点では全く異常は見あたらず,右広間とYの遺体の発見場所の水深はほとんど変わらないのであるから,通常のダイバーと同様に,海底から一定の距離を保って泳いでいたのであれば,リバースブロックの発生する余地はないし,仮にYが洞窟の天井方面に浮上したことがあって,その際に,耳管の閉塞のため中耳と外耳の気圧バランスが崩れるということがあったとしても,痛みを感じた段階で深度を下げれば(洞窟の出口に向かおうとすれば,当然深度を下げることになる),中耳と外耳のバランスは元に戻り,痛みは解消するのであるから,これらの事情に照らすと,Yがリバースブロックを起こしてパニックを起こしたことを窺わせる事情は全く存しないといわざるをえない。

もっとも,Yにリバースブロックが生じた可能性がまったく零であるとまではいえない。

しかしながら,そもそも,被害者らが入出路を見失って溺死したという場合には,本件洞窟の構造等といった物理的要因のために被害者らが入出路を発見できなかった場合のほか,洞窟内でダイビングをしていることに伴って被害者らに発生した心理的要因のために被害者らが入出路を発見できなかった場合も当然含んでおり,後者の場合であっても,被告人が業務上の注意義務を怠っていなければ被害者らが溺死しなかったという関係が認められる限り,被告人の過失と死亡との間の因果関係を肯定することができるのである。

それを本件についてみるに,リバースブロックは,前述のとおり,耳の痛みやめまいが発生し,あるいは鼓膜に穿孔が生じるというものであって,それ自体が当然にパニックを引き起こすものではない。また,ダイビング事故の権威者であるA医師の知る限りでは,これまでリバースブロックを起こしたダイバーはすべて,いったん水深を下げて痛みをとり,あるいは回りのダイバーの助けを得るなどし。タンクの空気のあるうちにリバースブロック状態を解消して海上まで浮上することができたのであって,リバースブロックによりパニックを起こしたまま溺死するに至ったものは知られていない。また,リバースブロックは,どのようなベテランダイバーでも起きうる現象として,本件事故発生前からその存在を知られており,特殊例外的な発生原因によるものではない。

他方,パニックは,さまざまな原因(リバースブロックによるめまい,痛み等もその一つである)により,死への恐怖等といった人間の本能が働き,冷静さを保てなくなる状態となることをいうのであり,本件洞窟のように,水深が深く,自然光の届かない閉鎖的で複雑な構造を有する場所でのダイビングは,それ自体,パニックを触発する危険性を含んでいるということができる(このことは,本件事故の際に,ガイドである被告人のすぐ後ろを泳いでいたBにおいてさえ,パニックを起こしそうな状況となっていたことからも明らかである。)。原判決の判示する本件洞窟の危険性も,当然,このような危険性をも含んだ意味であると解される。

したがって,ダイビングサービス業者が,このような危険性を持った洞窟においてダイビングサービスを提供するのであれば,当然に,参加したダイバーがパニックに陥ることがないようにし,また,あるいは仮にパニックが発生したとしてもそれに適時に適切な対応をとれるようにしておく必要があるというべきであり,原判決が,被告人は,参加したダイバーに洞窟の状況を適切な方法で周知し,洞窟の危険性を説明し,参加したダイバー全員を十分監視できるようなチームを編成し,緊急時に備えて予備タンクを設置し,ガイドラインを張った上で出口がわかるようなマーカーを設置するなど,事故の発生を未然に防止するための措置をとるべき業務上の注意義務を負うと認定したのは,当然,右のような趣旨を含んだものと解される。

そして,仮にYにリバースブロックが発生したとしても,前述のとおりのリバースブロックの特性等からすると,被告人が右注意義務を果たしている限り,被害者らが死亡するに至ることはなかったといえるのであって,したがって,被告人の業務上の注意義務違反と被害者3名の死亡との因果関係を肯定した原判決には,何ら事実誤認は存しない。

以上のとおりであるから,論旨は理由がない。

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